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産まれたてのピカピカな人たち

私は教育学者ではないので 発達論的な考え方とはまったく違いますが
私は子どもたちをこう見ています

それは 人間は 産まれたときが 人間として一番最高の状態ではないだろうか
ということです

普通は 生まれたときがゼロで だんだん成長していくイメージだけど 私は違います
人間は産まれたときが最高で そのあと年を経るごとに どんどんつまんなくなって 劣化したり 腐ったり だめになっていって やがて死に向かって突き進んでいく
そんな感覚を持っています

つまり死から一番遠い存在が赤ちゃんというわけです

生まれたばかりの赤ん坊は どんな金持ちの家に生まれようが どこの国に生まれようが 全員裸です
服を着て産まれてくる赤ちゃんはひとりもいません
でも人は やがてパンツをはき シャツを着て 服を着て その上にさらに着重ねして 着ぶくれて
またさらに見栄やプライド 体裁 建前 世間体などなどなど つまんないどうでもいいことをたくさん着て 「武装」してゆきます

人間がどう生きていったらいいか迷ったら 赤ちゃんを見ればいい
赤ちゃんのように生きればいい
赤ちゃんが教えてくれます

赤ちゃんは
泣きたいときに泣いて 笑いたいときに笑って
食べたいときに食べて 寝たいときに寝る
まわりのみんなにたくさん迷惑かけて
ぎゃーぎゃーわめきちらしながら みんなに助けてもらいます

つまり 裸になるということです

人に迷惑をかけちゃいけないなんて 誰かの陰謀です
だまされちゃだめだ
人間は群れているのです まわりのみんなに大迷惑をかけながら 生きているのです
迷惑をかけない人間なんていやしない
いやそれどころかひとに迷惑をかけることはいいことなのです
裸になればいいだけだ
必ず誰かが助けてくれます 助けてーって言えばいいのです

非武装で 丸腰の 裸の姿が一番美しい
その最たるものが 赤ちゃんだと思います

赤ちゃんを見て怒る人は誰もいません
みな微笑んで さわります
愛撫します
頬ずりして 抱きしめ キスします
なぜなら非武装で 丸腰の 裸だからです
美しいから微笑むのです

赤ちゃんがあのようにぷよぷよで
つるつるで
やわらかい 愛くるしい姿に進化したのは ひとりじゃ何もできないから みんなにさわってもらって 微笑んでもらって 助けてもらうためだそうです

どんな腹黒い政治家も 極悪人も
そして私たちも どんな人間も必ず赤ん坊でした
しかし悲しいかな あのかわいい赤ちゃんの姿に戻ることは絶対不可能です

でも 無防備で 丸腰の 裸の人間になることはできるのではありませんか!!!

私は永い間 子どもたちにお芝居を届けてきていますが
でもそれは観ている人を教育するためじゃない

あのピカピカの産まれたての赤ちゃんに近い人たちと一緒にいると
少しは裸になれる気がするからです

汚れた心や体が 少しはきれいになれる気がするからです

少しは死から遠ざかれるような気がするのです

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ぐるしの!

Photo (写真は落語人形 顔だけ人間)

ぐるっとお散歩篠原展といいます

藤野町牧野の篠原地区には 陶芸家をはじめ 多くのアーティストが住んでいて

そのアトリエを開放したり 篠原の里(旧篠原小学校)では

お店や コンサートをやったり

あちこち訪ね巡りながら 歩いて楽しむ展覧会で

もう10年ぐらい 毎年続いているイベントです

のんびりしてて ゆったりまったりしています

私たちは おひるね金魚(うそまこと・KYOU・茶問屋ショーゴ・マサ)で参加

気持ちよく晴れて たっぷり演奏させてもらって 楽しんできました

演奏後 「よわくなろう」の歌の反応が多く

私としては びっくり!

かなりやばい歌と思ってるのですが

こもりくでやったときも 何人かの人から よかったよといわれ

あぁ 共感する人も多いのだなぁ と思いました

特に 藤野の人には…そうかも

では一節(抜粋)を紹介

「よわくなろう 体も心も 弱くなれば たたかいができない

負けよう もっと負けよう どんどん負けちゃえばいい

たたかいとか 競争なんて だれかの 陰謀だ

貧乏になろう 体も心も 貧乏になれば よけいなものがない

あったら便利なものは まったくいらない

お金とか 財産なんて 何かの まやかしだ」

もっと長いけど だいたいこんな歌です

味をしめて 今

「人に迷惑をかけるのは いいことだ」の歌を

作っています

お楽しみに!

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ベルトサンダーくん

少し前から 壊れてたんですよ
はてなのベルトサンダー

布やすりがぐるぐる回って
木を削ったり 磨いたりする便利なやつ
別名エンドレス

もう15年ぐらい使いに使ってたので
知らないうちに
いつのまにか
やすりの 横の部分で
自分自身を 削ってたんですなぁ
文字通り 身を粉にして…

しかし!
酷使に たえかね
重労働に ねをあげ

ついに ある日
バギッと にぶい音をたてて
まっぷたつに 折れてしまったのです!

いやぁ あのときは
びっくりしました
考えられない現象!

あまりの私の使い方のひどさに ついに こと切れたのでした

ごめんね
ベルトサンダーくん

それからは 普通の布やすりで 手でやってたんだけど
どーしても またベルトサンダーが必要な工程に出くわしてしまったんです

うーん 修理は不可能だから
新しいのを 買わなきゃなぁ…

ふと 思いついたのが
近くに住む クラフト作家の Mさん

たしか はてなのと 同じ機種持ってたよなぁ
うん 借りにいこう!

ところが 返ってきた答えは

うちのも 壊れちゃったの
コードを巻き込んで それからモーターが 回らないの

うむむ でも 見たら
あまり 使ってなくて きれいだし
モーターなら 直るかもしれない
よし 一応 貸してね

うん いいよ

ってなわけで 借りてきたのは いいけれど
分解しても やっぱりモーター部分は 手におえず

2台の 壊れた
しかも 2台とも 分解された ベルトサンダーを前に
途方に暮れてしまったのです

待てよ?
はてなのは モーターは健在なんだから この 2台から 1台は組み立てられるよね

Mさんのベルトサンダーの回転部分を はずして
はてなのベルトサンダーのモーター部分に組み替えて

回るかな?

おぉ〜!回った

てな わけで
2台の壊れた機械から
1台の動く機械が産まれたー!
さっそく Mさんに電話した
これこれ こーゆーわけで
しばらくはてなで 使ってていーい?

うん いいよ

やったぁー

以上
ベルトサンダーくん
復活の おめでたい話でありました

ちゃん ちゃん

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オチケン 若木会のこと

昨日 東京 新橋の焼き鳥屋にて
若木会の寄り合いが開かれた

私が 通っていた
広尾高校は
渋谷と恵比寿の真ん中ぐらいに あるのだけれど

住所は広尾ではなく
隣町の東というところにあり
もっと昔は 若木町といった

そこから 名付けて
高校時代の 我が落語研究会→通称オチケンは
「若木寄席」なるものを
校内で 毎学期 1回
学園祭入れて 年 4回も
物理室で やってたのでした

物理室は 実験用の ぶ厚い机で 人が載っても 大丈夫

物理の先生も 落語好きで
こころよく 部屋を貸してくれた

さらに 卒業したOBたちは
御茶ノ水の日仏会館や
目黒演芸場(今はもうない)
で 有料で 年 1回
若木寄席を開いていた

まぁ とても 活発に
活動してました

私が 卒業して 10年後ぐらいに
残念ながら オチケンは
つぶれてしまうのですが

なんと ン十年ぶりに
若木会(OB会)が 復活!

来年 若木寄席を
やることに なってしまった!

昨夜 集まった面々は

御手亭津内太(おてていつないだ)
山亭せん(やまのていせん)
御和井家桶丸(おわいやおけまる)
あばら家貧坊(あばらやびんぼう)
ワタクシが
あばら家粋雀(あばらやすいじゃく)
などなど

命名の センスがよくて
好きでしたね

よくあるのが
高校の名前をつけたりする

例えば 広尾だったら
広尾亭…とか…つまんない

我がオチケンは そういうのがまったくなく

下駄家花夫(げたやはなお) とか
蟻蛾亭三九(ありがていさんきゅう)とか

なんか
シャレ てました

私は 現在
落語をやるときは
御銚子門酔い生 を
名のってますが

来年は 久しぶりに
あばら家粋雀 で
やりましょうかね

7日の ぐるしの でも
おひるね金魚の中で
落語 ちょこっと やりますよー

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